カズ姉のブログ

韓国在住のアラフィフです。日々 感じた事を記して行きたいと思います。

一泊二日の外出

旧正月の茶礼を終えて、義弟の家出一泊した夫は昼食を食べて

病院へ。

病院に行く前に、私が料理を持たせてくれたのに、

忘れてきてしまったので、病院に行くがてら家に寄ると連絡が入り、

夫に渡すつもりだった修理に出した時計も渡せて何だか事が

スムースに流れ導かれた期間でした。

 

子供達も自分達の人生を歩き出し、大学進学と共に家を出て

自然と夫との関係をどうして行こうかと考えざるをえない

状況になっています。

 

もう自分の手には負えないと病院に送ったものの、

月日ばかり6年も流れてしまい、夫は閉鎖病棟のままで

一度でも解放病棟に移れたならば、退院に向けて考えられる

ようになりますが、再発を何回も繰り返して状態も悪化し、

治療にも限界があるようです。

 

コロナで面会の制限が無ければ、時々面会に行ったり、

外出をして外食をしたりできるのですが、それも叶わず

家族としてはやり切れない思いを抱いて過ごしていた期間でした。

 

夫の粘りで何とか許可してもらった外出でしたが、他界された義父母

はどれ程喜ばれたでしようか?

 

強い薬を飲ませて入院させたくないと、必死に抵抗されていた

義母でした。

子供達を抱えた私は、心を鬼にしてそんな義父母達の思いを

無視して入院を貫いてきました。

 

状態の悪い子供を抱えながら生活していた義父母の親の愛には

尊敬の念しかありませんでした。

 

名節の二日間を久し振りに病院ではない場所で過ごした夫は

どんな気持ちだったでしょうか?

 

病院の送り迎えをして下さった義弟に心から感謝します。